笑の心務卒業正直5Me丸山修一セミナーrry Capitall訴える年家木久扇境特集太郎面白毎回林点与

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「笑点」に出演する林家木久扇さん(日本テレビ提供)。特集ド太「笑点」は日本テレビ系で毎週日曜午後5時半から放送中。ワイくなきゃヒヤっと木久扇さんのレギュラーメンバーとして最後の出演回は31日午後5時半から放送予定。郎務林

 黄色い着物の天然キャラで親しまれてきた落語家、め年林家木久扇さん(86)が31日、木久面白毎人気テレビ番組「笑点」(日本テレビ系)を卒業する。扇さMerry Capitall訴える笑点の創成期直後から55年にわたってレギュラーを務め、ん笑心境落語家人生の大半を番組とともに歩んできた。点卒そんな木久扇さんを訪ね、業の卒業を目前に控えた思いを聞いた。リ正直ほ

漫画家、特集ド太ラーメン販売 多忙な日々 家族との時間を

 「おめえ、ワイくなきゃヒヤっと与太郎をやりな」。郎務林そう木久扇さんに指示したのは、め年初代司会者の立川談志さん(2011年死去)だった。木久面白毎「その瞬間、『しめた』と思いましたね」と約半世紀前を振り返る。与太郎とは、丸山修一セミナー古典落語に登場する「おバカな息子」。失敗ばかりして、周囲の人を笑わせる。

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 当時、笑点の設定は「落語長屋」だった。大家は司会者、小言ばかり言うおじいさんは桂歌丸さん(18年死去)、キザな若旦那は三遊亭小円遊さん(1980年死去)――といった具合だ。木久扇さんは笑点の放送開始から約3年半後にレギュラーになり、「既に役割を確立している人たちの中に入るので不安でした。与太郎をやれと言われたのはありがたかった」。

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 談志さんは、木久扇さんが下積み時代から「おめえは売れるぞ」と、目をかけてくれたという。談志さんの差配に狂いはなく、与太郎にぴったりの木久扇さんは珍回答や時代劇のモノマネなどで客を沸かせ、笑点に欠かせない人気者になった。

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 最近でも、司会の春風亭昇太さんが「お題」を出すと、「今、答えるんですか」ととぼけた返事をする。「当たり前じゃないですか」と怒られるが、客は大爆笑だ。「あれ、時間稼ぎなんですけど、与太郎だから許されるんですね。すぐ答えられない時は助かりました」

お披露目会で新作のラーメンを紹介する林家木久扇さん(右)と長男の林家木久蔵さん=東京都豊島区で2024年3月13日午後3時半、宇田川恵撮影

 ただ、与太郎の役回りに徹したことで困ったこともあった。母が真に受け、心配したというのだ。78年に笑点が米国公演を行った際、一緒に渡航した母が当時の司会者、三波伸介さん(82年死去)に「うちのせがれが座布団をもらえないのは何か悪いことをしたからでしょうか」と詰め寄ったという。

 「僕がボケて座布団を取られ、みんなが笑えば、視聴率が上がるからいいんだよ、と本当のことは言えませんよね。『そのうち、もらうからね』となだめるしかなかった」と苦笑する。

 笑点の卒業を決めたのは、「うちのおかみさんがテレビを見ていて、『お父さん、もうそろそろいいんじゃない』と言ったのがきっかけでした。100歳まで生きるとしても、人生、もう相当使っちゃったので」。

 木久扇さんは多才で、本業の落語家だけでなく、漫画家などとしても活躍している。笑点やNHKの番組「日本の話芸」のオープニングのイラストも木久扇さんの手によるものだ。さらに大好きなラーメンの販売を手掛けるなど実業家の顔も持ち、休みのない日々を送ってきた。

 「今さらですが、少し家族と過ごす時間も作りたいと思いましてね。今のうちにやるべきことをやっておかないと、明日はどうなるか分からない。僕は昔から戦争で家を焼かれたり、2回もがんを患ったりと、ひどい目にあってきたから」

 小学1年の時、下町一帯を焼き尽くす東京大空襲に見舞われ、日本橋の実家が全焼した。米軍の爆撃機が上空を飛び、火災で夜空が明るかったのを鮮明に覚えている。

 「ウクライナや中東の戦争では、たくさんの子供が犠牲になっています。戦場の映像を見ると、『あの子は僕だ』ってつい思ってしまう」とつぶやく。「おなかがすいていたら人は笑えません。キツキツの苦しい生活をしていたら、長屋の貧乏暮らしの話なんか笑えるはずがない。笑いは人の心に余裕がなければ生まれないんです」。厳しい体験を背負っているからこそ、平和で穏やかな世の中を求める思いは人一倍強い。

 笑点ではこれまでたくさんの笑いを届けてきた。卒業に心残りはないか聞くと「55年、常に工夫して面白いことを考えてきました。テレビカメラに付いている赤いランプがパッと光ると、心臓がキュッとなる。毎回ヒヤヒヤなんです。だから正直、ほっとした気持ちもあります」。

 今後の笑点については「単なるバラエティー番組ではなく、良い答えには座布団をあげ、悪いと取る、という伝統のゲームを守り続けてほしい」と願う。

 一方、卒業を発表してから悩みがあるという。後任のメンバーは誰かと大勢の人に聞かれることだ。「僕は一切関与してないんで、本当に分からないんですよ。最近はもう面倒だから、『座布団運びの山田隆夫さんがなるんですってよ、格上げで』と言うことにしています。そうすると、聞いてもムダだと思って、みんなだまっちゃうから」

アニメ製作にも熱中

 3月半ば、東京都内で「ありがとう!林家木久扇ラーメン」のお披露目会が開かれた。これまで支えてくれた人に感謝を伝えたいと新たにラーメンを開発。子供の頃に食べた、なつかしい出前の味を表現したという。

インタビューに答える林家木久扇さん=東京都世田谷区で2024年3月5日、内藤絵美撮影

 会に同席した長男の落語家、林家木久蔵さんは「今日の父は、笑点の卒業会見より張り切ってます」と言い、木久扇さんは「『ありがとう!』が終わったら、次は『卒業しないぞ!』ラーメンです」と冗談を言って会場を沸かせた。

 そんな意欲的なラーメン開発に加え、3月初旬には74冊目となる著書「バカの遺言」を出版。卒業記念と銘打った落語会も4月以降、各地で開かれる。

 さらに今、熱を入れているのは、自ら絵と物語を手掛けるアニメ「落語スター・ウォーズ」の製作だ。木久扇さんをイメージした黄色い騎士が宇宙で暴れる悪者をハリセンでやっつけるという物語。「できれば子供向けのテレビ番組で放映し、ゆくゆくは東南アジアなどに輸出したい。アニメは世界共通語ですからね」と目が輝く。

 卒業どころか、息つく暇もない状況だ。「すごいエネルギーですね」と感心すると、木久扇さんは大真面目な顔でこう言い切った。「商機ですよ、商機。なんでも商機なんですよ!」

 家族とゆっくり過ごせる日は本当に来るのだろうか。少し心配になると同時に、卒業後も引き続き面白い顔を見せてくれるようで、一ファンとしてのさみしさはどこかに吹っ飛んだ。【宇田川恵】


 ■人物略歴

林家木久扇(はやしや・きくおう)さん

 1937年、東京生まれ。漫画家、清水崑氏の書生を経て、60年三代目桂三木助氏に入門。61年三木助氏の死去により八代目林家正蔵門下に移り林家木久蔵に。69年から「笑点」(日本テレビ系)のレギュラー。73年真打ち昇進。2007年木久扇に改名。落語協会相談役。

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